「お兄ちゃんの馬鹿! 聞こえてたらどーすんの!」


聞こえないように小さな声でそう言うと、お兄ちゃんは全然悪びれてなさそうな顔で、


「だーいじょうぶだって。聞こえないように言ったし。っつーか時間だから俺もう行くな」


そう言って私の頭を軽く叩き、そのままスタスタと歩いて行ってしまった。
その姿を見て、松下さんが慌てて足元にあった彼のカバンを拾い上げた。


「ちょ、待ってよ風間ー。じゃあ千秋ちゃん、俺も行くね」


「は、はい! あの、あえて嬉しかったです!」


「うん、俺も。またね!」


彼は軽く私に手を振ると、お兄ちゃんの後を追いかけて行ってしまった。
その姿が見えなくなった瞬間、私はへなへなと地面にしゃがみこむ。


(何今のやり取り超恥ずかしい……)


自分から言ってしまったこととはいえ、「会えて嬉しい」「俺も」なんてやりとり、どこのバカップルだと言いたい。顔から火が出そうだ。

しかもあっちは無自覚で、きっと何も考えてない。本当天然って怖い。


「……なるほど、ありゃあんたの言ったとおりだわ」


「でしょー。っていうか美咲ちゃんどこ行ってたの」


「様子見ようと思って物陰に隠れてた。」


うずくまる私の肩をぽんと叩いて、美咲ちゃんは神妙な顔でうんうんと頷いた。
そして、呆れたような声で、一言。


「前途多難そうだね」


「分かってます……っ」


鈍感で、天然で、不良で、優しくて、お人好しな彼。

そんな彼に恋をする私は、これからも彼の無意識な行動に振り回されるのだろうと、改めて思った。