奥の皆に聞こえないよう、耳元で言う千之助に、小太が、がばっと顔を上げた。

「小菊が幸せになれて、良かったよ。そうでないと、折角おいらが逃がした意味がないもの」

 元気良く言い、にぱっと笑うと、小太はくるりと踵を返した。

「おいら、店に戻んなきゃ。あんまりゆっくりしてちゃ、怒られちまう」

 ぶんぶんと手を振って、そのまま店を出て行く小太を、ひょいと腰を上げた千之助が追った。

 妖幻堂から小走りで駆け去っていた小太に追いつくと、その肩に手を回して、一緒に歩き出す。

「偉いよ、お前は。ちゃんと最後まで小菊のことを気遣ってやれる。ガキのくせに、大した野郎だよ」

 煙管を咥えて、前を向いたまま言う千之助の手を、小太は、ぶんと振り払った。

「どうせおいらは、まだまだガキだよっ」

「おいおい。褒めてんだぜ? 俺っちがお前ぐれぇのときは、てめぇのことしか考えてなかったぜ? そんな、てめぇのことを露ほども思ってねぇ奴のために気ぃ遣うなんざ、馬鹿らしくてよ」

 赤い眼の小太に言いながら、千之助は、再びぐい、と肩を組む。

「良い男だよ、てめぇは」

 呟くように言った千之助の言葉に、小太は俯いた。
 ぽたぽたと、涙が落ちる。