「兄さん、ずるい~」

 天河静香(テンカワシズカ)は自転車で前を走る兄に言った。

「お前が遅いからだ!桜まで遅刻させるわけにいかないだろ」

 兄、天河衛(テンカワマモル)が振り向きざま言った。

 この春高校3年になった兄の衛は、妹のひいき目を除いても、背が高くてスタイルがいい。

 今年のバレンタインもチョコが山盛りだった。

 そんな衛だから自転車だって本気を出せば、1年の静香などとっくに置き去りされているだろう。口は悪いが手加減してくれてるのだ。

「だって!髪が上手くまとまらなかったんだもん!!」

 だからといって入学早々遅刻なんてごめんだ、静香はムキになって自転車のペダルを踏んだ。


 やがて西高に向かう桜並木に差し掛かった。

 桜の花は葉桜になりかけ、いっせいに散り始めていた。ちょうど爽やかな風が吹き、一面の桜吹雪の中を2人は駆け抜ける。

 桜並木の半ばあたりで、遠くにこちらへ手を振る自転車に乗った学生らしき人影が見えた。

「桜!」

 衛が手を振り返した。

 桜というのは、衛の親友で同じく3年の卯月桜人(ウヅキサクラヒト)の呼び名だ。「さくらひと」が言い辛いと、いつの間にか衛が「桜」と呼ぶようになった。

「おはよう!衛、静香ちゃん」

 衛とお揃いの西宮西高校の制服を着て、いつもの癖で小首をかしげながら桜人は微笑んでいる。

 静香は桜人の優しい微笑が大好きだ、見ただけで気分がほわんとなる。

 桜人もスタイルはいい、2人で並ぶと衛よりやや背が低いが見劣りはしない。


 3人揃って再び自転車で走り出した、もちろん自転車通路を走る。桜人が歩道を走るのに断固反対したからだ。



 そんな3人を、名残の桜が見送っていた。

 まるで見守るように…