海に落ちたとき、凜がいなかった。

着物が、水を含んで重たい。

それよりも、凜の姿を探す。

…下のほうに、黒い影が見えた。

それを確認すると、俺は潜って、凜の右腕をつかんで水面に顔を出した。

「…凜姫様、ご無事ですか!?」

「ごほっ…げほっ……へい、き」

凜は飲み込んでしまった海の水を吐き出して、答える。

「うわ…しょっぱい…」

「……申し訳ございません…」

「何が?」

…分かってないのか。

凜は、ほんとに気にしない姫だなぁ。

「…暴言を吐いてしまいました」

「あ…ああ~。別に、気にしてないよ? むしろ、昔みたいでうれしかった」

やっぱり、気にしてなかった。

…もしも、本当に、もし。

昔に戻れるのならば、俺は…。

そこまで考えて、やめた。

戻れるはずなど、ないから。

「蘭…ごめん、傷がしみて痛いんだけど…」

凜の声で、はっとした。

「あ…すぐに海から出ましょう。…乗ってください」

「え、いや、泳げるよ?」

…この姫は。

俺は何も言わずに、凜の腕をとって、背中に乗せた。

ったく…少しは甘えろよ。

痛いくせに、無理ばっかしやがって。

痛いなら痛いって、素直に言えよ。

「蘭の背中…あったかい」

「…そうですか?」

背中にいる凜が言う。

「なんとなくね。……寒いけど、こうしてるとあったかいよね。あ、でも蘭は寒いか…。ごめんね」