店に入ると『研修中』と書かれたバッジをエプロンの胸に付けた背の小さい女の子が、席に案内してくれた。
水とおしぼりを置いて一礼をした店員の女の子が店の奥に姿を消したのを確認してから、俺は話を切り出した。
「…お願いの前に貴女のお名前は?」
目の前に座る美人は、おしぼりで手を拭く作業を止めた。
「あぁ、自己紹介がまだだったわね。私は陸エレナ」
陸エレナと名乗る美人は、おしぼりをテーブルの隅に置いて小さいバッグから煙草とライターを取り出した。
「陸さん。…俺は日影竜治です」
陸エレナは細長い煙草をくわえて、ライターの火を近づけるが、その火を消して俺を見た。
「煙草、平気?」
「大丈夫ですよ」
短い言葉を交わして、今度こそ煙草に火を付けた。
ゆるゆると先端から白い煙が天井に流れては見えなくなる。
横を向いてルージュの光る唇から吐き出された煙は、微かにメンソールの香りがした。
「それで、陸さん」
「エレナでいいわ。そう呼んで」
俺の言葉を遮って、名前で呼ぶことを要求した。