「それでまぁ、しばらく共に大学時代を過ごしていたんだけどね、私は彼のことで一つ心配事があったんだ。」


「心配事、ですか・・・?」


彼はうなずいて、少し恥ずかしそうに話し続けた。


「その当時、私には好きな女性がいた。・・・名のとおり花のように美しく、可愛らしい、アイリス・オーランド(Ailis・Orland)という人のことを。」


アリスはにっこり微笑んで、優しい表情の彼を見つめながら聞いていた。


「愛していたんだ・・・。そう・・・君のお母さんを。」


ロンドンに来て、初めて恋した人だった。

柄じゃなかったが、一目惚れというやつだったのかもしれない。

彼女も同じサークルに入っていて、歌手を目指していた。


今思えば、青春というのかな、少し恋の病に陥っていたかもしれない。

彼女が視界に入れば心臓が止まるほど緊張したし、またどんな大学での人ごみでも、彼女を見つけることが出来た。


そして何より、花が咲くような彼女の笑顔が好きでたまらなかった。


何とか仲良くなって想いを伝えたいとは思ったが、高嶺の花のように感じていた彼女と

そこまで親しくなる勇気がなかった。

誰かに相談しようにも、誰もが憧れる彼女のことを相談するのは更なる勇気がいる。

それでも頭の中では彼女への色んなアタック方法を考えていたんだ。


そんな儚い恋をしているとき、相談をするつもりはなかったが、彼女のことをそれとなくラファエルに話したことがあった。



大学の中庭で二人、テーブルの椅子に腰掛けながら、私はボーっとしていた。

ラファエルは誰かに頼まれたバイオリンの弦を張り替えていた。

私は憂鬱な声で彼に声をかけた。