「今の俺にいんのかぁ?雨に打たれてうなだれる時間・・・」

そうつぶやいた瞬間、人の気配を感じて事務所の入り口のほうを振り返った。
彼女だった。

「あ・・・。独り言、多い人だったんですね。」

彼女は軽く会釈して、冗談交じりに言うと笑みを作った。

「別に・・・」

シュラは階段を下りる彼女の足元に目を向けた。
すると彼女は視線に気づいたようで、歩み寄りながら言った。

「初対面の時はすみませんでした本当に。まともにお礼もできなくて・・・。でももう大丈夫です。これでも同じ失敗はしない人間なんですよ?二度と転びません。」

長い金髪をなびかせて微笑みを見せた。

「そう」

翻弄される。そんな気がする。

いつの間にか自然に日本語で会話していた。
新しいことを学ぶ能力なんて、俺にはないと思っていたのに。
なぜだろう。

「あの、・・・一緒に帰ってもいいですか?」

なぜなんだ・・・?

「ああ」

俺は何かを忘れてしまっているんだろうか
それとも何かを思い出せないままなのだろうか
それとも・・・
何かを、まだ知らないだけなんだろうか

アリスは彼の隣について歩き始めた。

違う者同士だからだろうか
この気持ちを、なんて呼ぼう

「シュラさんって、お仕事忙しくて最近ずっと事務所に泊まりっきりだったんですよね?お体大丈夫なんですか?」

「・・・」

そんなこと聞かれてもなぁ・・・。
俺の体調がどうなってようがあんたとどんな関係があるって言うんだよ。
てかなんで泊まりきりで仕事してたこと知ってるんだ。
・・・あのおしゃべり社長か・・・。

「別に、そんな珍しいことじゃないし。慣れてるから。」

「そうですか。」

相変わらずの柔らかい微笑と声は、ふわりと金髪とともに揺れるようだ。