アリスは毎朝彼とさまざまな話ができて、時々微笑んでくれるその電車での時間が一番楽しいと感じていた。
日本の電車に揺られながら、自分が想い、あこがれ続けていた人と時間を共有しているということは、彼女にとってこの上ない幸せだった。
そしてその穏やかな時間の中で、少しずつ彼に近づけていけるような気さえしていた。
一日の終わり、家に帰って休むときも、今日の朝シュラと何を話したのかを鮮明に思い出すことが日課だった。
彼と話したこと、彼が話したこと、すべてを思い出して大事に自分の記憶にしまっている。
なんだか自分が本当にここまで好きなんだということが、しみじみわかってしまって恥ずかしいくらいだけど。

だけどそんな相変わらずの恋心を抱きつつも、マネージャーとしてのマンツーマンはちゃんとできていると思う。

そんなことを考えているとき、止まった駅で珍しく学生らしい子供たちがたくさん電車に乗り込んできた。
車内はいっきに満員電車になってしまった。
アリスは人ごみが苦手だった。

「なんだか、急に込んできましたね。」

アリスはロンドンでも日本でも何度か痴漢にあったことがあった。

シュラは人ごみの声にかき消されるほどの声で相槌をうち、日本語ノートを読みふけっていた。
すると電車のアナウンスが流れ、それが終わるとともに急ブレーキとガタンという大きな音が響いた。
とたんに電車全体が揺れて、あの時と同じ、ヒールを履いていたアリスは思わずつまずいた。

「きゃっ!」

するとシュラは持っていたノートをすばやく脇にはさみ、両手でしっかりと彼女を支えた。

「大丈夫か?」

はっ・・・!反射神経よすぎ!!

彼は当たり前のように行った反応だが、彼女にとっては始めて出会ったときのことを思い出す状況でもあり、近距離で触れられていることがかなり恥ずかしかった。

「大丈夫です・・!」

慌てて彼の手から伝わる体温から離れた。

何事もなかったようにガタガタと動き出している電車。
シュラは何も言わずにそっと手を離してまたノートを読み始めた。