低く落とすように言うと、本を持つ手に少し力が入った。

広い大聖堂の中、少年の靴音だけが響いた。

彼女はその小さな背中を少し見つめ、やがて目を閉じ
人差し指を立ててこう言った。

「では一つ、あなたにいいことを教えて差し上げましょう。」

薄暗い空気を断ち切った声に、彼は思わず少し振り向いた。

彼女は淡々と話し始めた。

「あなたの、その「シュラ」という名は」

薄くゆっくりと、彼女は左目だけを開く。

「東洋の神の名です。」

彼は瞬きさえせずに彼女を見つめた。

「インドに伝わる戦の神、「阿修羅」、鬼のように強い戦人は、やがて人々に崇められ、神となった・・・。」

体は横に向けたまま、黙って彼女の話を聴いていた彼には
何色とも言えぬオーラが包んでいた。

彼女は一度言葉を切り、笑顔で続けた。

「私どもが崇めているマリア様やイエス様とは、何も関係ございませんが」

彼の隣で灰色のカーテンが静かに揺れる。

「神は神、人々には尊い存在です。」

彼女は言葉を止め、幼くもその鋭い瞳をまっすぐ見つめ返した。

シュラは改めて彼女に向き直り、心無い言葉を口にしてみせた。

「シスターは、俺が人を殺める者に見えると?」

彼の黒く丸い二つのピアスが、左耳でかすかに光る。

「いいえ、それではちっとも「いいことを教える」ことになりません。」

シスターは表情を変えず、少し冷たく言った。

また同じく、彼も眉一つ動かさない。

「あなたは日本人のお母様のお子で、日本語のお名前も持っていらっしゃるようですね。」

白く風に揺れる彼女の服から、まとめられた金色の髪がするりと視界に現れた。

シスター静かに微笑み、語りかけるように続けた。

「私は漢字を良く存じ上げませんが、先日あなたの名の意味を知りました。」

血塗られた名だ・・・。


彼は心でそう思った。