未成年だとはいえ、シュラは一応正式に事務所の正社員として契約を交わしている。
ありえないことではない、「異動」という事実。
頭でわかっていても、目の前の社長に更なる真意を迫りたくなる。

一見女性のような顔立ちの事務所の社長は、大人しい黒猫を抱いたまま彼の動揺を退けるようにあっけらかんと答えた。

「ああ。」

明るい声は若さを感じさせる。猫を放し眼鏡を指で軽く上げた。

大きな窓の黒いカーテンがゆれ、シュラの心の闇にも水面が広がる。
不機嫌な顔のままシュラは落ち着きを取り戻そうと口を開いた。

「てかあの・・・、ふれて欲しいと思うから聞きますけど、社長、なんで和服なんすか。」

「non non!!それは聞くまでもないさ!」

シュラのにごった声と対照的に、社長は明るく生き生きと話し始めた。

「シュラくん、僕が他に類を見ないくらいの日本好きということは知っているだろう?」

鋭くにらみつけ、和服の袖のしわを伸ばした。
軽く逆光のせいか眼鏡が光る。

「・・・もういいっす、その話。」

いつもの長い話が始まることを理解したシュラは、早々と話を切り上げようとつっこんだ。

「ききたまえ!君の異動に関係あることなのだよ!?」

彼はまるで劇団員のように大声で話し続けた。
シュラは頭をかきながら黙っていた。
いつもの社長の長話が始まる。

「やっぱりいいね、日本は!実は先日も行ってきてね」

話を聞き流しながら、シュラはふと社長の机の書類に目を向けた。

「そしたらどうだい!某音楽事務所の社長にいい知らせを聞いてね!」

彼はシュラを気にせずうろうろしながら得意げに話を続ける。

「(契約書・・・)」

机の上にはかつてシュラがここに入ったとき交わした契約書と思われるものが置かれていた。

「(それに・・・引き抜きの手紙・・・?どこの?)」

どうやら人事要請書らしい。
シュラはその書類をおおかた確認するや否や、すばやく書類を手に取った。

「ほら、こないだ君が日本でインディーズとしてだしたCDあったでしょ」

「(これは・・・俺宛・・・?)」

まさか、ありえない・・・。

「それが大反響だったらしくてね~♪」