「朝はありがとう」

そう言って矢野に微笑みかける少女の名は佐倉奈々。
肩までかかる栗色の髪がさらりと揺れた。

「気にしないで」

そう言いながらもひどく気にしているのは矢野のほうだ。
顔を赤らめて奈々に照れた笑みを浮かべる。

一時限目後の休み時間。奈々は朝のお礼を言いに、矢野の席に近づいてきた。
僕は隣の席にいながら、奈々を見ないようにしていた。
そんな僕に、矢野が茶々を入れる。

「何、横向いてるんだよ。奈々ちゃんに照れているのか」

傍から見ていたら照れているようにも見えるだろう。
僕らの周りを囲むほかの生徒たちがにやにやとこちらを見ていた。

「照れてなんかいないよ」

別に怒っていたわけじゃないのにきつく言ってしまった。
奈々が顔を少し曇らせた。

「私、佐倉奈々。矢野くんのお友達だってね。よろしくね」

女の子から自己紹介させておいて黙っているわけにもいかない。
何とか奈々の顔を見ないようにして、顔を上げた。

「高野瞬。矢野とは友達というか幼稚園からの腐れ縁なんだ」

僕がやっと顔を上げたことで奈々も落ち着いたようだ。
曇っていた顔に光が差し込み、柔らかに微笑む。

その笑みは本当にきれいだった。初めてちゃんと見て、この子には美しいという言葉がよく似合うと感じた。