今は一年で一番忙しい時期で、私は毎日残業確定で。

おまけに役員の退任・新任が複数あるという事で株主総会の準備はかなり神経質になっているというのに。

既に定時を過ぎて一時間以上経っている午後7時。

資料を並べて数字のチェックをしている私の背後には、数人の後輩達が立っていた。

総務部の後輩達ではない。

総務部の社員なら、私と同じように仕事に追われて必死で締め切り前の原稿と格闘しているはず。

「真珠さん、結婚するって本当ですか?宗崎さんって社外に彼女いるって聞いてたんですけど」

「宗崎さんって、相模さんの後継者だって言われてるし、見た目もいいし女の子たちからの人気も高いのに。
今日『真珠と結婚するから』って言ってたんですけど。本当ですか?」

「真珠さんも、社外に素敵な恋人がいるって噂がありましたけど、その彼とは別れたんですか?」

幾つもの質問を次々と浴びせられて、目の前の数字達が次第にはっきりと認識できなくなってきた。

何もわざわざ職場でそんな色恋の話なんてしなくてもいいのに。

私が必死の形相で数字と格闘しているのが見えないのかな?

ちらっと見ると、設計部の事務をしている女の子たちだ。

司が社内に触れ回っている私との結婚情報を耳にしたに違いない。

司とも接点があって、こうやってわざわざいらっしゃったわけか。

女の子からの人気が高い司だから、こうなることも少し予想していたけれど、思っていたよりも早い展開に苦笑するしかない。

彼女達のおかげで仕事に集中できない私は、わざと大きなため息を吐いて。

「私が結婚してもしなくても、あなた達になんの影響もないと思うんだけど?」

立ち上がって体を彼女たちに向けた。

机に体を預けて腕を組んで、知らず知らず口調も荒くなるし視線だってきつくなる。

「司と結婚するかどうかなんて、プライベートな事だし言う必要もないでしょ?」

周囲の人たちの仕事の邪魔にならないように抑えた声で言い捨てると。

「影響、あります。私、入社してから一年ずっと宗崎さんの事が好きだったんです。宗崎さんだって私に優しくしてくれたし、いつも声をかけてくれて。
告白しようと思っていたのに……」

一人の女の子が涙声で呟いた。