その後、私と司の家族の予定と社長夫妻の予定を考慮して決まった結納の日。
私の実家に来てもらうのが自然な流れだと思っていたけれど、私の両親は司の実家の料亭の名前を良く知っていて、その格式の高さと予約の取りづらさを盾に、
『絶対に司くんの実家で結納を交わしたい』
とわがまま全開。
夫婦そろって美味しい物が大好きな二人の押しの強さに呆れつつも、その願いを快諾してくれた司のご両親によって結納は司の実家の料亭で行われた。
料亭は『あやめ』という誰もが一度は耳にしたことのある名前で、社長夫妻もその名前を聞いた途端
『司くん、早く言ってよね。何度も予約入れようとしたのに一年待ちで諦めたんだから。これからは、司くんの名前を使ってズルしちゃおうっと』
大騒ぎ。
桃香さんのはしゃいだ明るい声に、社長は愛しげな微笑みを浮かべていた。
結納前に、私と司が挨拶に伺った時に初めて会った桃香さんは年齢よりも若い印象のかなりの美人。
室内で器用に車椅子を操る様子からは何の不自由さも感じられなかった。
社長や相模さん、司も加わって新築した桃香さんの為の自宅は日当たりもよく、壁紙にも明るい色が揃えられて本当に居心地が良かった。
桃香さんの生活最優先の設計を色々見る度に、司が携わる建築という仕事に改めて大切なものを感じた。
『いい仕事だね、建築って』
車椅子に乗ってキッチンをスムーズに動き回り、手際よく調理をしている桃香さんの後ろ姿を見ながら、そう呟いた。
司の仕事の邪魔をしてはいけないな、とそれまで何度となく思った気持ちを更に強く認めながら。
そして。
結納を無事に終えた私と司は、入籍を翌週に控えて。
ほっとして少し気が抜けた感じの私とは対照的に、司は社内であらゆる書類をかき集め。
「結婚するから」
と人事関連の手続きをしながら会社中にその事を触れて回った。
……私の意思とは関係なく……。