社長の奥様の桃香さんは、不自由な両足ながら活動的な日々を過ごしているらしい。
車を運転する事もでき、一人で遠くまで出かける事も多くて生活全般を楽しむように努力している。
努力という言葉にはっとした私に、司は苦しげな表情で
「車椅子で動き回るには、本人の努力が必要になる環境が多いんだ。道路の段差なんか序の口で、スーパーの売り場の幅や高さもそうだし、電車に乗る時にも誰かの手助けが必要な事ばかり。そんな中で明るく生きるには、本人の努力が必要になってくるんだ」
そう言って大きくため息を吐いた。
そして、相模さんをはじめ、わが社の社員の多くから作られたプロジェクトは今誰もが居心地よく、努力を必要としなくても優しく生活できる建築を進めている。
桃香さんと暮らしている社長と関わりを持つ社員も多いけれど、車いす生活だけではなく、若いお母さんにしてもベビーカーに子供を乗せて街に出ると不自由な事も多い。
そして、高齢の人にとっても坂道や階段ばかりの状況は外出を億劫にさせて体にも良くない。
社長の発案で『誰にでも優しい街づくり』プロジェクトが発足した時、社内のあらゆる年齢層の社員がそれに参加すると手を挙げた。
それだけ、環境による生活への影響は大きいのだと司は知ったらしい。
幅広い人にも関わるそのプロジェクトのリーダーの相模さんの右腕として働く司は、それを誇りに思っているように目を輝かせていた。
「社長が相模さんと進めているプロジェクトは、他社の人間も参加しているんだ。建築に携わる人間が会社という枠を超えて進めていて、本当に勉強になる」
私にそう話す司の熱い思いは、今彼が置かれている状況に心から満足していてやりがいを感じていると、そしてまだまだ頑張っていきたいという気持ちを告げるもので。
「すごいね。司って、頑張ってるんだね」
わかってはいた。
社内で司がどれだけ期待されているか、ちゃんとわかっていた。
けれど、私が認識していた以上に、司の存在は会社の将来に関わっているんじゃないかとそう思って。
何故か、切なかった。