社長の言葉に私は何を言えばいいのかわからなくて、沈黙が三人の空間を満たす。

特に気詰まりな様子を見せるわけではないけれど、社長が奥様の事を大切に思っているのは明らかで、車いすで生活をしているという不自由な状態をどう受け止めているのかわからない中でどう話を進めていいのか、何も言えずにいた。

司を見ると、予想外に気楽な表情のままコーヒーを飲んでいた。

「社長の奥様、相変わらずお料理張り切ってやってるんですか?」

思い出したような口調からは、以前会った事があるように思えた。

「ああ、相変わらずだ。今日もイタリアンだとか言って張り切ってたよ」

「そうですか。奥様のお料理本当においしいんで、また呼んで下さい」

「そんな事を言ってみろ、今晩にでも来いって言い出すぞ。
宗崎くんの事は家を建てた時から気に入ってるからな。
仲人を引き受けたのも宗崎くんの門出は私がお祝いしたいって聞かなかったからなんだ」

「……そうですか、ありがたいです」

小さく頭を下げる司は心からそう思っているようで、社長と交わしあう視線からは、穏やかな感情のやり取りが見える。

今まで何も知らなかったけれど、もしかしたら司は社長とかなり親しい間柄なのかもしれない。

そして、社長の言葉からは、司の事をかなり信頼しているようにも感じた。

きっと、何度かこうして話をした事もあるだろうし、社長の自宅に司がお邪魔した事もあるに違いない。

社内でもその優秀な仕事ぶりで名前を知られている司だから、社長にもその存在が伝わっていてもおかしくはないし、個人的な付き合いも不思議ではない。

わかっているつもりでわかっていなかった司の存在位置を見せつけられた気がして戸惑ってしまう。

本当に、仕事ができるオトコなんだな。

不意にそんな事が頭をぐんぐん回り始めて少し滅入りそうな気持ちでいると。

「で、桃香が車椅子で結婚式にも出席するわけだから、アマザンでの式を君たちにお願いしたいんだ。
あのホテルは相模も、もちろん宗崎くんも設計に絡んでるから知ってるだろうけど車椅子で生活している人間にも優しいから安心して使えるんだ」

それまでとは違う声音で、社長は口を開いた。

「車椅子のままで仲人をしたいっていう桃香の思いはわがままかもしれないけど、宗崎くんには感謝ばかりの桃香の希望を叶えてやってくれないか?」

不安げな声の社長からは、どうしても、アマザンでの結婚式をお願いしたいという強い気持ちが見えていて。

それを拒める空気は全くなかった。