それからの私達は、お互いの仕事の忙しさにげんなりしながらも、大村さんからアドバイスされた通り私の異動前に入籍を済ませておこうと動いていた。
その為には結納も早くとり行わなければならなくて、まずはその勉強から入った。
とはいってもネットでざっくりとした知識を手に入れて、当日をどうにかこなせる程度のもの。
年代のせいか、両家の親は縁起を気にする事も多く、日にちを決める時だけは私と司は慎重になった。
まあ、大安を選ぶ。それだけなんだけど。
そして、一番大きな問題は仲人を引き受けてくれるという社長への対処。
本気でそんな事を言ってくれたとは思わなかった私と司だけど、社長秘書が私の同期だというメリットを生かしてアポを入れてもらった。
社長室に呼ばれたのは定時後で、建築協会の会合に向かうまでの15分だけが私と司に許された時間。
株主総会の準備で数字に追われて疲れ果てた体で社長室に入ると、
「結納にはちゃんと立ち会わせていただくよ。私の奥さんも新しい着物を新調すると張り切っているんだ。
で、私が懇意にしているホテルでどうだろう?予約なら任せてくれればいいから」
社長室の座り心地抜群のソファに腰かけながら、背中を冷や汗がつつっと流れるのを感じた。
どちらかと言えば細面で優しいイメージの社長は、社内でも無理を言う事もなく淡々と業務の指示を出すけれど、その方向性に狂いはなくて業績を順調に伸ばしている。
経済誌でも時々取り上げられるその手腕には強引という文字は当てはまらない。
だから、私と司が仲人の件を遠慮する態度を見せればそれに応えてくれると思っていたけれど。
「あ、そのホテルはアマザンホテルなんだ。有名だから知ってるよな?
まだ決まってなければ挙式と披露宴も私の顔で予約を入れておくがどうだ?」
私と司の顔を見た途端に結納どころか結婚の段取りまですすめるその様子は意外過ぎて驚いた。
社長と面と向かって話す機会なんて、一介の社員である私にはなかったに等しいせいか単にイメージだけで社長を想像していたけれど、実際の社長は饒舌で熱い。
隣に座っている司をちらりと見ると、そんな社長を予想していたのか。
「社長、もう少しペースを落としていきましょうよ。せっかくの結婚なんで、俺たちも楽しみたいんですよ」
苦笑しつつも楽しんでいた。