「老舗料亭の格式だとか歴史だとか、窮屈に思う部分があったにしても、家族が生き生きと働く姿を見ながら育った俺は、自然と跡取りとしての自覚も芽生えていたんだ。
無理矢理俺に跡を継げって言われたわけでもなかったけど、気づけばそう思ってた。
でも、学生の間だけは自由に生きたくて、家業とは違う事に夢中になってた。
中高はバスケに燃えたし、建築っていう世界も知って大学は建築学部に入って。
バスケでは全国大会にも出るし、設計の勉強を始めてしばらくすると相模さんに認められたし、俺って何をやってもそれなりに結果を出して、で、調子に乗ってたな」
司はそこまで一息に話すと、小さく笑い声をあげて
「あの相模さんに『丁寧に勉強すれば、いい仕事をするようになる』って声をかけられたら、そりゃ嬉しいだろ?建築界の至宝とまで言われてる人に、大学生の俺がそんな言葉を貰って有頂天にならないはずがない。
人生って、なんていいもんなんだろうって甘い考えでいっぱいだった」
笑いながらの言葉だけど、その表情には苦しげな気持ちも見え隠れしている。
「大学を卒業したら、店に入って修行しようって軽く考えてたから、設計は大学で終了だって決めてたんだけど、突然姉さんが店の跡を継ぐって言い出して、あっという間に俺は跡継ぎ候補から転げ落ちたんだ」
「転げ落ちたって……」
「まあ、言葉は乱暴だけどその通りなんだ。俺は、店に入るまでは自由に自分が興味のあるものを楽しもうって呑気に構えてたけど、姉さんは違った。
料理が大好きで、小さな頃から厨房に入り浸っては怒られて、調理師の免許を取るための学校にも通ったし。
経営の勉強も必要だって大学にも通って勉強してた。
店を継ぐためだけにずっと生きてきた姉さんが本気で店が欲しいって言い出した時、反対する理由なんてなかったんだよな。
店の事一筋に突き進んできた姉さんと、ふらふらと自分の好きな事をしていた俺とを比べたら、二人のうちどっちが跡継ぎにふさわしいかなんて簡単に答えは出る」
司の声が耳元に響く。
そして、切ないため息も。
「俺はなんでもそれなりにこなせるけど、欲しい物をたった一つに絞って強請る事ができなかった。……それは、今もそうかもしれないけどな。
だから、もう欲しい物は我慢しない。それだけの為に生きて、それだけの為に過ごす。今は真珠の為だけに、生きてる。二度と後悔はしたくない」
私を抱きしめる腕の力が強くなって、司の思いの強さも伝わってきた。