「で?引っ越し先はあの部屋で決定か?」
「うん。人事部に資料を提出したから後は決裁が下りるのを待つだけなんだけど。大村さんが多分大丈夫って言ってくれた」
「あ、胡桃?あいつ人事部でちゃんとやっててびっくりだよ。
高校の時はマネージャーのくせに選手よりも怪我して体中負傷してたのに」
二人でお弁当を食べつつ交わす何気ない会話。
私と司の気持ちが寄り添い合ってから、時間が合えばお互いの部屋を行き来している。
海以外に合鍵を渡したのは司が初めてで、その事だけでも考えると照れてしまう。
今日も、会社を出る時に『真珠の部屋に帰る』という司からのメールが届いているのを見た時、年甲斐もなくドキドキした。
一応結婚の約束もしているし、恋人同士だし、引け目を感じる事はないんだけど、どこか悪い事をしているような気もした。
未成年の恋愛じゃないんだから、これくらいどんと構えなくては、と思っても、生来の生真面目さというか、恋愛に対しての保守的な気持ちゆえに緊張までもしてしまって。
私の部屋の合鍵と交換にもらった司の部屋の合鍵を見ながら、とくんとくんと心臓の音がうるさかった。
でも、こうして家に帰ると大切な人がいるっていうのはかなり幸せだ。
仕事で疲れた体がほっとするようで、思わず笑顔も浮かぶけれど、司がさっき放った驚くべき言葉がまだ私の中に残っていて、なかなかすっきりとした気持ちになれずにいた。
司が買ってきてくれたお弁当と、急いで作った豚汁を味わいながら、司はそんな私の気持ちなんかお構いなしに寛いでいる。
「胡桃に真珠と結婚するって言ったら言葉失ってたな。
『女王様の下僕になるんですか?』って訳わかんねー事も言ってたしかなり驚いてた。……確かに俺は真珠に囚われた下僕のようなもんだけどな」
司はくくくっと喉の奥を震わせて私を見遣った。
「下僕っていうか、家来っていうか、もう何でもいいけど、とにかく真珠が側にいないと俺はもうだめだから。だから、不安なんだよ」
「え?」
「言葉通り。さっきも言っただろ?俺は真珠を側に置いておくためだけにこれからの人生を生きていく」