柴田圭一、37歳。5歳違いの嫁「めい」との間に二人の子供がいる。長男と長女、二人ともまだ小学生だ。柴田は名も無き広告会社で営業マン。営業成績はこれといって突出しているわけでもないが、全然仕事が出来ない訳でもない、どこにでもいるごく普通のサラリーマンだ。今まで平凡な人生を歩んできた。それが幸せってやつだったのかもしれない。妻の愚痴をきかされたり、子供の兄弟喧嘩、土日の家族奉仕などなど、それはそれでいつも奇麗にかわしていた。「一人にしてくれ!」なんて思うこともしばしばあったが、柴田はそんな感情は一切出さない。良き夫であり、良き父でありたいという心が根付いていたから、日常の喧噪などは大して苦にならなかった。しかし、ひとの裏切りや、ニュースで報道されているような巨悪、駅前の駐輪禁止地区を守らず自転車を放置していくにんげんには人一倍敏感で、時には殺意を抱く。罪の大小あれど、罪は罪。

今日も仕事が終わり帰宅。玄関をあけると「おかえり〜」とめいの声が聞こえてくるが、姿は見えず。どうやらキッチンで格闘しているらしい。
「悪くない。」
柴田はこんな日常がたまらなく愛おしかった。

くたくたになったスーツをハンガーにかけて、部屋着に着替え冷蔵庫に向かう。
「ありがとう」と、言葉にして言うことはないが、いつもお気に入りのビールをかっておいてくれているめいに感謝。めいはまだ夕飯の調理と格闘中だ。

テレビのリモコンを手に取りスイッチを入れる、と同時に缶ビールのタブを片手で起用に開けてまずひとくち飲み干す。ニュースは相変わらずだ。急激な人口増加にともなって国債を発行しすぎてIMFのお世話になっている、この国の現実。凄惨な殺人事件。冤罪裁判、実刑判決を受けたのにもかかわらず保釈される政治家、与党となった右翼団体のプロパガンダ…。「いつも通りだ…」と柴田は思う。