男の名前は、『なお』とだけ教えて貰った。

 年齢は30代前半に見えるが、実際は分からない。

 いろいろ聞こうと尋ねても、上手い具合にはぐらかされてしまった。

 初めのうちは、どうでもいいと思っていたが、だんだん連絡を取り合う中に、『なおのことを知りたい』という気持ちが強くなってしまった。

 「あっ、もうこんな時間…」

 ゆかりは携帯を見た。
着歴はなく、がっかりした。

 携帯のシークレット機能を解除し、なおの名前を検索した。

 なおの名前を見つけると、すかさずボタンを押した。

 相手を呼び出す機械音がする。

 ワンコール、ツーコール…ゆかりは5回だけ、コール音がしたのを確認し、鳴らすのを止めた。

 『どうしよ…メールでも入れとくかな…』

 (ゆかりだょ(^^)v連絡ちょーだい)^o^()

 こんな内容を送信しようとした瞬間、携帯の着メロが鳴った。

 シークレットにしてあるので、電話番号しか表示されていないが、間違いなく『なお』だ。

 「も、もしもし…」

 「もしもし、ゆかり?」

 「う、ん」

 「ごめんね、さっき出られなくて」

 やはり、なおからの電話だった。

 ゆかりはホッとした。

 「今日、会えないかと思っちゃった。大丈夫?」

 「悪い!トイレだった」

 「そっか!支度は出来てるの?」

 「あ、あぁ…んーと、30分位、待ってくんない?」
 「ん?まだ出来てないの?」

 「ごめん!すぐする」

 「じゃ、先に行ってお茶でも飲んでるよ。場所は分かるし!」

 「ごめん、じゃ後で」

 「うん、早く来てね」

 「分かった」

 そう、なおが言い終わると携帯を切った。

 『ふぅー…さてと、行くか…』

 買ったばかりの桃色のダウンコートを着て、家の鍵をかけた。