ゆかりは朝から何もせずに、炬燵でゴロゴロとしていた。

 洗濯や掃除は、夕べのうちに済ませてあった。
 
 子供もなく、夫と二人暮らしだと、洗濯や掃除も簡単に終わってしまう。

 朝、夫の達郎を見送ると、夕食の支度まで何もすることがないのだ。

 「さてと…支度するか」

 ゆかりは、部屋の時計が11時になったのを確認し、シャワーを浴び、念入りに化粧をした。 

 つけまつげをつけ、黒地に白のドット柄のワンピースに着替えた。

 肩まである栗色の髪は、普段以上に綺麗に巻かれ、セットされた。

 「よし、OK!」

 淡いピンク色の口紅とグロスを塗り、鏡の前で満足げにニッコリと微笑んだ。

 実は今日、病院へ検査の結果を聞きに行くというのは真っ赤な嘘で、最近、知り合った男と急に会うことになったのだ。

 男とは、一人で入ったバーで隣り合わせになったのがキッカケで、連絡を取る様になった。

 たまたま夫と不妊治療の件で口論になり、何も持たずに家を飛び出して行った飲み屋が、Bar-Faithなのだ。

 Bar-Faithは、カウンター席が10席に、4〜5人が座れるボックス席が一つあるだけの、小さな店だった。

 店内は、白を基調とした落ち着いた感じの内装で、乳白色のライトが照らしていた。

 1番奥にボックス席と、ボックス席の左手にトイレがあった。

 店自体、縦に細長いので、トイレに行く時はカウンターに座っている人の後ろを、身体を横にしてカニ歩きをする格好で通ることになる。

 ゆかりが行った時、カウンターに一人だけ客が座っていた。

 その客が、今から会おうとしている男なのだ。