「すみません、部長!」

 「ん?どうした?」

 「あの…コーヒーにしたんですけど、砂糖とミルク入れますか?」 

 給湯室から部長の机までの距離は、3メートル位だ。充分聞こえるのは、分かっているのに、つい大きな声になってしまった。

 「ああ…悪い、悪い。ブラックなんだ。少し濃いめにしてくれればいいから」

 新聞を読みながら、右手でOKをした。

 「あっ、はい」

 幸枝はもう一匙、コーヒーを足して掻き混ぜた。

 『こんなもんかな?』

 他人の好みはそれぞれで、加減が解らなかったが、お盆の上にコップを乗せ、部長の机に置いた。

 「あぁ、ありがとう。そういえば今日、高橋君は休みかな?」
 
 「えっ?…さぁ?」

 首を傾げながら、部長と事務所の壁掛け時計を見た。とっくに始業時間の9時を過ぎていた。

 「おはようございまーす!あれっ?部長、珍しくいるんですね!」

事務所で唯一の正社員の高橋ゆかりが、始業時間を20分近くオーバーして入って来た。

 「おはようございますじゃないだろ!遅刻だぞ!遅れるなら、連絡の1本くらい出来るだろ!」

 「連絡なら川口さんにしました。ね?川口さん!」
 「えっ…?」

 高橋ゆかりが、目で話を合わせろと言わんばかりに、幸枝を睨む。

 「ねっ?川口さん!今朝、メールしたでしょ?見てないの?」

 「あっ…まだ携帯見てないので…気づかなかったかも…」

 幸枝は急いで自分の机に戻り、バックの中の携帯を探した。

 『あ、あった』

 携帯を取り出そうとすると、携帯にライトの点滅がないことに気づいた。

 点滅がない=着歴はないということだ。ゆかりは、最初から連絡などしていなかった。

 思わず、ゆかりを見た。

 「ねっ?連絡してあったでしょ?」

 ニコッと悪びれもなく、ゆかりが微笑んだ。