二人は事務所を出ると部長の青いBMWに乗り、部長お勧めの居酒屋に向かった。

 「最近出来たみたいで、一度行ってみたかったんだよ」

 「何屋さんですか?」

 「ん〜…チラシを見た限りじゃ、アジアン居酒屋かな?ナンプラーとか平気?」

 「大丈夫です。アジアン料理は好きな方です」

 「じゃ、良かった」

 幸枝は、家族以外と出掛けるのが久しぶりで、浮かれていた。

 外食となると、大概はファミレスか、廻るくるくる寿司だ。

 子供がいるから仕方ないと諦めてはいるが、たまには子供なしで、お洒落なレストランやバーに行きたいと思っていた。

 結婚生活に不満はないが、なんとなくこのまま年をとっていくのかと思うと、寂しく感じていた。

 「なかなか外食することって、あんまりなくて…今日は久しぶりに子供がいないから、嬉しいです」
 「じゃ、いつも川口さんの手料理だ」

 「簡単な物しか作ってないんですけどね」

 幸枝はペロッと舌を出した。

 「部長だって、奥様の手料理を食べてるでしょ?」
 「残念!…僕は独身なんですよ。知らなかった?」
 「えっ?じゃぁ、バツ1ですか…?」

 恐る恐る聞いてみた。

 「残念!ハズレ。結婚したことがない。縁がなくてね」

 部長はハンドルから手を一瞬放し、両手をアメリカ人の様に、『さぁ?』とした。

 「そんなに素敵なのに?またまたぁ〜…理想が高すぎるんですよね?きっと!」

 「理想ね…考えたことなかったな…」

 「どんな女性がいいんですか?私、良い人がいたら紹介しますよ!」

 「あはは。そーだな…普通の人かな…まぁ、頼むよ」

 「ん?…普通って…?」

 「あ、ここだ。車をそこの立体駐車場に止めて来るから、先に入ってて」

 部長は店の前に車を止めて、幸枝を降ろして駐車場に向かった。

 『ここ?地下なんだ。どーしょ…居酒屋なんて一人で入ったことないよ』

 辺りをキョロキョロ見渡した。

 久しぶりの夜の街に、幸枝はワクワクしたが、一人で居酒屋に入る勇気はなく戸惑った。

 『部長が来るまで、待っていよう』 

 ビューッと強いビル風が吹く。その度に、凍える様な寒さにブルブル震えてしまう。