「寒っ…」

 ゆかりは家を出ると、待ち合わせ場所である喫茶店、花林(かりん)に歩いて向かった。

 花林へは、車だと5分程度の距離だが、徒歩となると30分位はかかる。

 『着く位に、なおも来るかな…』

 ヒールの高いブーツを履いているので、もう少し時間がかかってしまうだろう。

 『私の方が、遅れたりして…ふふ』

 ゆかりは、あの夜以来、なおとは会っていなかった。

 初め、「会おう」と言われた時は、夫に対しての後ろめたさで断ってしまった。

 連絡すら、携帯が鳴ったり着信ライトが光っていたりすると、ドキドキしてしまっていた。

 何度も止めようと思った。でも、携帯機能にシークレットやサイレントモードなどがあるのを知ると、ホッとしてしまった。

 『これならバレずに済む』

 いつの間にか、携帯を熟知していたのだ。

 ゆかりの夫は、いつも仕事で遅い。

 トラックの運転手をしているので、早くても夜11時頃にならなければ、帰っては来ない。

 仕事柄、週に2回程度は、帰って来れない時もある。

 今日は、帰って来れないと告げて出て行ったので、ゆかりは安心している。

 夫の前では見せない巻髪、ピンクのルージュ。

 どこから見ても、主婦には見えないだろう。

 『早く、なおに会いたい』

 連絡を取る度に、気持ちは募るばかりで、メールや着信がない日は、一日中、携帯と睨めっこしている。

 ゆかりの横を、黒のセダンが通り過ぎ、100メートル先で左側に寄り、ハザードを点滅させ止まった。

 ゆかりのバックの中で、携帯が鳴る。

 「も、もしもし…」 

 ゆかりは慌てて、携帯に出た。

 「俺!目の前の黒い車、俺だから。早く来てよ」

 「えっ?」

 プツッと携帯が切れた。ゆかりは、黒い車に向かって走った。