『死ぬのが、こんなに難しいなんて…』

 家族が寝静まった夜中の2時、幸枝は一人、剃刀を片手にお風呂場にいた。

 幸枝の左手首からは、深くザックリと切った傷から血が溢れ出ている。
 幸枝は、左手を肘で折り曲げ、傷口から肩にかけて伝わる血の量を見て、『まだ足りない…』と、もう一度、最初に切った傷と並んで傷をつけた。

 「いっ…痛っ…」

 幸枝は痛みの反動で、とつさに剃刀を持った右手で、切った左手を掴んだ。

 「んっっ…うぅっ…」

 一度目よりも深く切ったらしく、脈が打つ度に、ズキンズキンと定期的に神経に障る痛烈な痛みと同時に、ドクンドクンと真っ赤な血が溢れ出る。
 幸枝は、今まで味わったことのない痛みで、顔が歪む。

 「くっ…い、痛い…」

 左手を押さえながら、浴槽の中に素早く身体を沈めた。

あらかじめ溜めておいた浴槽の中のお湯の、胸の辺りまで身体を沈めると、押さえていた左手をゆっくりと放した。

左手から出る血が、シュワッと音を立てる様な勢いで、湯舟を真っ赤に染めていく。

「綺麗かも…」

ボソッと呟きながら、早く気を失うのを願った。

『死ぬ』と決めたのに、後から後から涙が止まらない。

『私が死んだら、悲しむかな…?それとも…』

溢れ出る涙を右手で涙を拭った…。