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優しい笑みも、声も、香りも、熱も、今は無い。



目の前にいるのは、

わたしの頬に手をそえているのは、

春近さんじゃなくて、


馨さん。



馨さんは、わたしの視界を絡みとって、眉を寄せていた。


「泣かないで。俺さ、春近より、小春ちゃんといるの、長いんだよ?
そしたら、君が愛しくなるのは、仕方ないことじゃん」



馨さんは、なんだか、悲しそうで、真摯に言葉を浴びせた。わたしは、少し口を開いて、
きっと間抜けな顔をしている。
だって、愛しいだなんて言葉、わたしは、知らない。


春近さんが言うのとはちがう、気がした。


ううん。同じなようにも、思う。

それは、春近さんが時々、今の、馨さんのような、表情を、雰囲気を、するからで、


それがどんな意味かなんて、わたしにはわからない。



ただ、今、言えるのは、



馨さんは、辛そうだ。

けれど、わたしには、何も出来ない。だって、

『こんな風に、誰にも触れないで、触れさせないで』

春近さんとの、約束があるから。



わたしは顔ごと視線を右に下げ、馨さんの手から逃げた。
温かかった頬と肩に、冷んやりとした空気が吸い付く。



両手で顔を隠すと、涙が、ポロポロと流れた。


泣いてはいけないのに、
馨さんが、困ってしまう、

それでも、どうしていいかわからない気持ちと、馨さんの悲しそうな辛そうな表情に、涙が止まらなかった。


どうしてわたしはこんなにも弱いのだろう。