本の並ぶ書斎にいらしたお父様は、春近さんを見るなりソファから立ち上がって部屋に入った春近さんを抱擁した。


「勉強君!またいい男になって!おかえり!」

「先生、その呼び方はやめて下さいとずっと言ってるじゃないですか」


男のひと同士の抱擁は、とても力強くて、わたしは春近さんの後ろで少し躊躇った。

一方的に春近さんが抱き締められただけなのだけれど。


春近さんは困ったように、そして、嬉しそうに笑ってらっしゃった。


そして、お父様は体を離して一歩下がり、


立ち話を始めた。



「冬将軍は江田島でも冬将軍らしいが成績がとてもよいと聞いたぞ、さすが勉強君だ!」


「冬将軍でも勉強君でも無いですけどね、勉強は、何とかって感じです」


「勉強君でもやはり大変なことがあるのかね?」


「そうですね、英語なんかは絶対的に必要なので、とても力を入れていて追い付くのに必死です。」


「ああ、そうだなぁ、そういえば江田島の英語の先生で長谷部という人がいなかったか?」


「長谷部先生は、今丁度授業をしていただいてます。お知り合いなんですか?」


「ああ、私の後輩でね」



とても楽しそうだった。

けれど、わたしは春近さんに、はやく、甘えたかった。

話したいことも、たくさんあった。

それは、幼いわたしの、幼い感情で、わがままな独占欲。



思わず身を進めて、お父様の口を、わたしの小さな人差し指で閉ざしていた。


お父様は、まん丸と目を丸めた。


それから、ははっと笑って、わたしの頭を撫でてくださった。


少し驚く。
お父様を見上げたわたしは、ただ眉を下げて首を傾げるばかり。



「本当に小春は勉強君が好きだなぁ。そうだな、すまなかった。小春が一番勉強君の帰りを待っていたんだった」



お父様は、わたしの肩に手を置いてくるりと春近さんの方に回転させた。そして、わたしをぐいっと押しやった。


とんっと春近さんの胸にぶつかる。
お父様の手に変わって、春近さんの手がわたしの肩に置かれた。


春近さんはふわりと笑ってらっしゃった。


「娘がご立腹だ春近君。ゆっくり宥めてやってくれ」

「ご立腹って先生、…というより何娘が嫁に行く時みたいな泣き顔してるんですか、今は違いますから、話すだけですから」



春近さんは呆れたような、そんな様子だった。

「先生、では、失礼します」


行きましょうか、優しく差し出された手、

わたしはそれを取って、振り返らずに、春近さんと書斎を出た。






(小春が唯一懐いた、春近君にしか小春をやるつもりはないのだけれど、小春は春近君に懐きすぎた。恋情なんて無いのだろうに。)