「家訓とはいえ、皆様何でもご自分でおやりになるので、こちらが申し訳ないくらいでございます。目覚まし役くらい、喜んで引き受けさせていただきます」

にこり、と強面の西坂が微笑みを浮かべた。彼はフランケンシュタインのような顔なので、ちょっと不気味だ。

そんな彼に和音はきらきらな微笑を向けると、アンティーク調の机上にある金の置時計を確認した。

午前5時。

「よし」

和音はフリフリ貴族風寝巻きから、更にフリフリな貴族服へと着替えると、愛器ストラディバリウスを手にして意気揚々と部屋を出た。

「行くよ西坂!」

「はい、和音様!」

小声で気合を入れた2人は、抜き足差し足忍び足で廊下を歩いていった。

そしてたどり着いた玄関で、スウェット姿の拓斗とばったり会った。

「あれ、兄さん、こんなに朝早くからどこへ?」

かわいらしく小首を傾げる拓斗に、和音は白い歯を輝かせて笑う。

「なに、ちょっと朝の散歩にね。拓斗はランニングかい?」

「うん」

「車に気をつけていくんだよ」

幼子に注意するかのような優しい口調でそう言うと、西坂とともにガレージへと向かった。

何台か停めてあるうちの一台、黒光りするロールス・ロイス・ファントムに乗り、昼間とは違う静かな幹線道路を走りぬけて向かった先は。

賑やかな声の飛び交う、魚市場であった。