「未練、あるから此処にいるんだろ?」
彼はペットボトルのお茶を喉に流し込んでから言った。
未練。
言われて、
ピンとくる記憶は無い。
もしかして、
それを見つけだして解決するまで、彼の言う
天国にまっしぐら
はおあずけなんだろうか。
「何も思い出せない、とか?」
問われて、
私は頷いた。
彼はペットボトルのキャップを閉めると立ち上がった。
「未練たらたらで、恨み節かますヤツよりなんか不幸だな。ソレ。」
「そいつはどうも。」
言ったら、
彼は腕時計に目を移した。
胸元でキラリと光る何かに目を細める。
よく見たら、
ネームプレートだ。
”荻原”と書いてある。
ドクンと心臓が鳴った。
心臓が動いてる事にちょっと驚いた。
「昼休み終わりだわ。」
彼は言って、
ゆっくりとこちらに手をのばした。
頭にトンと手の平の感触。
「じゃあな。」
はにかむように笑って、
彼は行ってしまった。
追いかけたい、
追いかけなければ。
何故かそう思ったのに、
体は動かなかった。
私は呆然と、
そこに座っていた。
荻原。
思い出すたびに、
心臓が跳ねる。
グッと胸が締め付けられて、
呼吸が苦しくなる。
そこで不意に、
景色がフェードアウトした。