「これではいけない」
すぐに異変に気が付き止めたのは、下村時代からゆかりのあった、麻上の従者である平坂の者。
「どうか、どうか。お静まりください当主さま」
ふつふつと。
「殺めるなど思案してはいけませぬ。神崎さまは我ら、かつて下村の住人の恩人なのです」
「どうか」
どうか。
元のやさしい主様へ、お戻りください。
─言葉は遠く。伸ばす手も届かない。
日に日に狂っていく主を見、平坂は悲しみに明け暮れた。
麻上の異様な変貌ぶりは見るより明らかで、人々はくちぐちに彼を「鬼」と呼んだ。
そのたび平坂は激昂し、呪術から麻上を遠ざけることに躍起になるが─
術の余波で平坂は衰弱していく。
「おお、かわいそうに」
悪鬼は平坂の心の隙につけこみ、目敏く囁いた。
「あの者を苦しめている諸悪の根源は誰だ?」
「自分だけ英雄気取りでのうのうと生き」
「愛するものと幸せに寄り添い歩き」
「おまえと、おまえの愛する主君はこれほどにも苦しんでいるのに、まるで見向きもしない」
「結局はあやかし祓いも金目当てさ。貧しい貴様らを救っても金にはならないからなあ」
「ひどい話じゃないか。鬼はどちらか」
「─鬼の首を取りさえすれば、町も、主も、きっと元通りになるさ」