side-杏子
神崎くんのお家は静まり返っていた。
もう夜遅い時間というのもあるだろうが、それでも本当に…こう言っては失礼かもしれないが、人の住んでいる気配のしない、ひっそりとしたお家だった。
一応、ご挨拶をしなくて平気かと訊ねたが、特にしなくても平気だと思う、と返された。
とりあえず今は、神崎くんのお部屋で私は正座をしている。
「ごめん。こんなものしかなくて」
「い、いえ。お構いなく」
「資料は全部目を通してくれたかな」
「うん。一応さらっと…」
お盆の上にはお茶だけでなく、高級そうな和菓子まで。
わざわざすみません、と恐縮するがすぐに腹の虫がグググと鳴き声を上げた。
神崎くんは目を丸くしてから、少し笑った。
「…お腹すいてる?」
「ごっっっっめんほんとに……夕飯食べてなくて………」
「あ。台所におにぎりがあるって、そういえば言われてたんだった。とってくるね」
「あああ本当にすみません……」
な、なんて情けない女なんだろう私は。
仮にも好きな人の部屋に、二人。
しかもそれが深夜となれば。
いや、向こうがそんなこと思ってるわけもないし、そんな色恋にうつつを抜かしてる場合じゃないんだけど、ときめくものはときめく。
意識するものはする。
なのに腹の虫ときたら。
「素直すぎるでしょう……」
はあと机に項垂れた。
「……」
ちらり、と机の資料に目をやる。
ノートのような冊子に書き記されている綺麗な字は、神崎くんのものに違いはない。
読みやすく簡潔なそれは冷静に、冷酷な事実だけをピックアップして私に叩き込んだ。
「…薫は、敵で、桜子さんは生きている……」