「な…なんかすごい人だったね」

「本当にね……」


嵐のようだった。いや、暴風雨? ゲリラ豪雨。……それより雹のほうが適切か。


帰りの車内で椎名さんはすっかり毒気を抜かれた顔をして、「びっくりした…」と零した。


「確かに気難しそうな人だけど、すごく頭良さそうだったし…信じていいんだよね?」

「うん、心配いらないよ多分。今は俺たちにできることはないし、あとは兄さんたちからの連絡を待とう」


これ以上俺たちが首を突っ込んでも、できることはない。

月子の一日でも早い回復を祈ることと、例の脅威への対策を講じることが最善の策だった。


…それから、桜子さんの件も話さなくてはいけない。
あと、平坂薫の出生や本性も。


─猶予はない。


「椎名さん、今日、俺の家に泊まってほしいんだけど」

「ぶはッ」

「!?」


ペットボトルのお茶が…っていうより椎名さんの服が水浸しに……。


「ななな、なに言ってるの神崎く」

「…あ、いや……言葉の綾だ、変な意味じゃなくて。話したいことが沢山あるし、正直、時間がなくて」

「! そ、そういうことか! 全然、その、はい。お邪魔します」

「…お邪魔されます」


やけに変な空気になってしまったのを誤魔化すために俺はタオルを渡して、「寝るときは空き部屋を使えばいいから」と控え目に呟いた。


運転手が「冷房を下げましょうか?」と本当に要らない気を利かせてきて俺たちはふたり項垂れた。







side-薫


杏子が血相を変えて家を出て行ったのは、夏の夜でももうすっかり辺りが暗くなる頃合い。


花代の呼ぶ声にもまともに答えず、かなり気が動転している様子だった。


どう考えても何かよくないことが起きたのは明白だったけど、追いかける足は自分でも呆れるほどあっさり停止した。


…だって。

杏子が「神崎くん」─なんてひどい声で呼んでいるのを聞いてしまったら、どうしようもないだろう。


下肢から力が抜けて、暫くぼんやりしていたが俺の足は自然と蔵に向かっていた。

今はなにか、別のことに没頭していないと気がおかしくなりそうだ、と厭な焦燥に身を焼かれて。


頭の隅で、なんで、俺じゃダメなんだろうと。
赤黒い気持ちがどろりと垂れて、アイツの顔をまた塗りつぶした。