「……真澄。…話すべきことが、多くあるんじゃない? 杏子さんも、きっと……聞きたいことが山ほどあると思うし、時間は限りがあるから。
有意義に使った方が、いいと思う」


陸兄さんも同じ考えのようだった。


"時間がない"


─そうだ。
その通りだった。


もう、麻上の魔の手はそこまで差し迫っているんだ。


椎名さんは何も知らない。
知らなければ、どうすることもできない。

そうしよう、口を開こうとした時ちょうど冷たい声が耳を刺す。


「えぇ。病床であまり騒がれても迷惑ですから、正統な血縁者以外の方はお引き取り願います」


振り向くと長身の男性─かなり容姿に恵まれた、どこか女性的な顔をした麗人が白衣を翻し、更にぶっきらぼうに言い放った。


「移送の準備はできているんでしょう。さっさと行かないと助かるものも駄目になりますよ」

「っ先生、言い方ってモンがあるでしょう…!」

「おや。口答えを?」

「……っ」


しろっと寄越す横目は真冬の氷柱のようだった。千鶴兄さんは委縮したがごく小さい声で「このクソ医者……」と悪態を吐いていた。聞かなかったことにしよう。


察するにどうも、この人が宇城先生という医師で間違いないらしい。


「宇城先生、お願いします」

「…ええ。早急に、迅速にいきましょう。私は無駄が嫌いです」

「善処します」


すっかりぶすくれた千鶴兄さんを陸兄さんが無理矢理引っ張って、白衣の麗人と共に廊下の奥へ消えて行った。


少し離れてから、宇城先生は俺たちのほうを振り帰って


「神崎十四代目当主様。玄関に貴方のものと思しきお迎えが来ていらっしゃいましたよ」


と丁寧に教えてくれた。
『神崎当主様』をやけに強調した言い方と、「ぼさっとしていないで早くお帰りなさい。病院側にも迷惑です」という言葉は勘弁してほしかったけれど。