「桔梗…それが君の名前だったんだね」
「…うん。きっと」
細腕が桔梗の頬に触れた。ぱたぱたと雫が千歳さんの頬に水玉模様をつくった。
「ずっと知りたかった。ずっと、こうやって触れたかった」
「うん」
「……2人でここから逃げ出そう」
言うや否や、千歳さんは点滴の針を抜く。突然の彼の行動に、桔梗は目を見張った。
「な、何してる…!」
「最後にもう一度、死ぬ前に丘を見たい。君と一緒に、手を繋いで見るんだ」
「でもお前は、歩くのだってやっとだろう…!?それにここにお前がいないとわかれば大ごとだ」
いつ死ぬかもわからない。命の蝋燭はとうに点火されていた。尽きるのをただ待つ生活はもう、嫌だった。
ぽつり、ぽつりとこぼすように言う彼の声はかすかに震えていた。
「願うならもう一度、あの夢のような日々に戻りたかった。抜け出しては医者や看護師に怒られてさ…それでも君に会うため、通った」