絞った声は震えてしまった。神崎くんはわずかに眉を動かして、何かを言い淀んだ。


「……椎名さん…」

「私は、薫と敵対してたんだね。だから蛟(みずち)はあのとき」

「蛟? 蛟がなにか言ったの?」


言葉に反応した彼が語気を強める。

「え…うん、森で初めて薫に出会った時、わたし、襲われて…
師匠が守ってくれたんだけど、ヒートアップしたところに偶然、蛟が来て」


一か月ほど前のことなのに、もう随分前のことのように思える。

それはきっと、やっぱり私と薫が遠い昔、因縁があったからで。


「止めに入られた師匠と薫は二人ともしばらく倒れてたんだけど、そのとき蛟が『私と薫の間に縁(えにし)が見える』って私に言ったの」

「…蛟」

余計なことを、とぼそりと呟いた神崎くんの声はひどく重かった。


「出会った時からもう、決まってたんだね。どうりで……ぼんやりなんだか、薫を知っているような気がする、って思ったの」

「……」


勝手に言葉は零れてくる。ただ黙って聞いてくれる神崎くんのおかげか、不思議と胸は軽くなっていた。

あぁ。事実なんて、こんなものなのか。




「でも…過去は過去だと思うから。私は私で、薫は薫。
終わったことなんだから、いいよね」


落ち着いた自分の声とは裏腹に、ばくばくと心臓が音を立てていた。

それは遠いどこかで、そうなることは不可能だってことを私が理解し始めていたからだと知るのはもう少し後のことだった。