彼は、黒字で「井手紅花」とかかれた札を引っくり返す。

赤字になった「井手紅花」。恐らく、さっき出て行った人だ。


「…これさ、機能的じゃないよね。」


ぼーっとボードを見つめる私に、彼はそう言って笑った。

確かにあまり意味はない気がする。


「たまに引っくり返すの忘れられちゃうとね、凄く大変なんだ」


苦笑しながら彼はまたボードを見つめる。

……それでも大切にしてんだろーな、なんて心の中でつぶやいた。


「……それで?お兄さんの名前は?

 パートによってロッカールームが違うからね、その部屋に行かなきゃいけない」

「あ、あぁすみません!

 飯島葵です。1stバイオリンの。」