……そう例えば。
彼女をさらい、無人島にでも行って暮らさない限り。
仕事をせず大学にも行かず、ただ友梨を抱きしめていても。
彼女を生かす為の、金がいる。
この、現代社会で生きていくからには。
「まだ決断出来ませんか?条野さん」
スッと、銀縁の華奢なデザインの眼鏡をかけ直しながら、狩谷。
「……彼女の『記憶』をどうするかを、オレに決めろって言ってるんですか?」
「アナタは彼女の夫でしょう。芳情院さんも彼女のお父上も、友梨さんの幸せを願っている。過去がなくても友梨さんは友梨さんだ」
「友梨本人が揺れているのに?」
「揺れている?ああ、そうですね、揺れている。でも、ほら、だから……ですよ」
「……?」
狩谷の意味あり気な台詞に、和音はコクリと息を飲んだ。
「傷むんですよ。今のままでは。過去の憎しみや恐怖を忘れられず、そんな自分を許すことが出来ず、今に戻れば訳の解らない恋情に戸惑い傷ついて……」
「訳の解らないって……」
「友梨さんにとってはそうでしょう。夫以外の男に、視線を奪われ鼓動は高鳴る。キリストを愛する彼女にとっては耐え難い甘い痛みでしょう。裏切りはいつも甘く、どこまでも芳しい」
「……」