それから、30分後。


カメラに興味津々の子供達を空也と看護師に任せて、友梨は図書室へと向かっていた。




新しい楽譜が、欲しかった。



『荒野の果てに』より『もろびとこぞりて』の方がテンポが良くて子供向きかもしれない。




図書室の前まで来ると、扉が少しだけ空いていて、中から話し声が洩れ聞こえていた。




……どなたかしら?




そう思って友梨がドアに近付くと……


「友梨が……」


と、言う聞き慣れた声が聞こえ、彼女のドアノブへと伸ばした手は、ピタリと止まった。




お兄様……

一体、誰と話していらっしゃるの?

狩谷先生?




------今日芳情院が病院を訪れるのは、夕方からの筈だった。


いる筈のない時間帯に、知らない所で自分の名前を出されるのは、例え芳情院といえども気分が悪い。




「……だとしたら友梨は……」


「!」


今度は芳情院とは違う声の主に名前を呼びすてにされて、友梨は思わず身体を硬くした。




……だって。

この、声は。

低いけれど、お兄様ほど低くはなくて、甘やかな艶がある、この声は…… 


「…条野さん…」


小さく、唇の中で、呟く名前。


------大丈夫。2人には聞こえていない。