「…翔太くん?」

「十秒だけ。…いいでしょ?」

「う…うん…」

あたしは抗えなかった。
だって翔太くんの声がいつもより切なく、なにより、震えていたから。
十秒くらい立つと翔太くんはあたしを自分の方に向かせた。

「…怪しい人にはついて行っちゃダメだからね」

「翔太くん以上に怪しい人はいないよ」

「…うっせ…」

そして、口付けをした。
唇じゃなく、額に。

「行ってらっしゃい」

そう言う翔太くんの目はどこか哀しく、切なげだった。
あたしは頷き家を出た。
振り向かずただお金とメモを握り締め、駆け出す。

後ろを…振り向かず…。

「はぁはぁ」

両脇に紅葉が繁り、散る。
空は雲がなく、澄みきった青。

だけどあたしはそれらを見ようとはせず目を擦った。
少し、水気がした。

「なんで…」

決意したはず。
だってあたしは遥が好きだから。

…ううん、違う。

好きとか嫌いとかじゃない。
翔太くんの顔が、瞳が。

「……今にも、泣きそうだった…」


ドクドクと跳ね上がる心臓。

どうして、あんな顔をしたの?
どうして、あんな瞳をしたの?
わかんないよ……。

好きじゃないのに。
好きになるはずがない。

だから心配してるのかな。


「…美月ちゃん?」

名前を呼ばれ、顔を上げた。

「遥…」

そこにいたのは愛しい人。
今までずっと会えなかった。

「どうしたの?」

「…」

会えなかった分、会えたとき嬉しいのに。
なぜが今はその事に素直に喜べない。


―――翔太くんのあの瞳が、あたしの中に焼き付いてはなれない。


「っ」

遥はあたしの頬に手を当て、視線を絡ませた。

「…君は笑っていた方がいい」

その優しい言葉に言葉を失う。
微笑む遥にあたしは釘付け。



「泣かないで?」

その美貌と甘い声に導かれ、とうとうあたしは一粒の涙を流した。