「え…」
「…っ…ケホ…」
寝癖の付いた髪を揺らしながら咳をする。
立っているのも辛いであろう翔太くんは木柱に寄り掛かる。
そして鋭くあたしを睨むのだ。
「…俺、見たんだよ…美月と、遥って言う…男…と」
「…」
「…仲良く………喋ってたところを」
「え?」
仲良く、喋ってた?
あたしは翔太くんの口から出た言葉に紛れもない安堵をする。
なんだ。
その事か…。
あたしはもっと違う事を想像していたのかもしれない。
もっと最悪であたしたち婚約者の仲を壊すような。
そう―――遥との口付けだ。
本音を言うとあたしは遥が好きだ。
肝心な婚約者―――翔太くんの事はあまり“好き”と言う感情を持っていない、否、完全に持っていないのだ。
「…ケホケホ…」
「…翔太くん、中入ろうかっ!!」
あたしはダルそうにする翔太くんを布団に入れる。
翔太くんの身体は熱帯びていて熱かった。
そっと額に冷たいタオルを置き、翔太くんを見つめた。
すると震える翔太くんの唇が微かに動く。
「…ず…と、俺の傍…に…て…」
「翔太くん…」
半開きの翔太くんの瞳。
長いまつげが揺らいだ。
布団の中から震える翔太くんの手があたしを探している。
あたしは翔太くんの手を優しく取る。
「…みづ…き…」
それだけ言うと翔太くんは目を閉じた。
あたしもそれを見届けると握った手を離すこと無く翔太くんの横で夢の中に入った。
中途半端に開いている障子から入り込む秋の空っ風。
部屋の中の熱帯びた空気を循環させる。
そしてあたしには知らなかった。
今、翔太くんが涙を流していた事も。
今、たまたま通り掛かった遥があたしたちを見ていた事も……。