暗いけど良くわかる。
だって、良く見る顔だもの。
テレビ、チラシ、ポスター。
最近良くニュースで取り上げられている。
連続殺人事件《ネモトカズキ》
「あらら。落としちゃったよ」
目の前にいる男―――《ネモトカズキ》はあたしの落ちたあんず飴を拾う。
《ネモトカズキ》は気付いていないのだろうか。
あたしが貴方を《ネモトカズキ》だと分かっていることに。
「あんず飴、好きなの?」
唐突に問い掛ける《ネモトカズキ》。
なぜかあたしの隣に腰をかける。
穏やかな男の口調に緊張するあたし。
心臓は警告を知らせていた。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
このままだと即、殺されてしまうかもしれない。
相手は連続殺人事件の犯人。
ナイフは所持してるはず。
「ねぇ」
《ネモトカズキ》はあたしの顔を覗き込む。
暗くても分かる。
整った顔立ち。
テレビで報道されてる時と、全く一緒で。
顔から血が引く。
あたしはまずいと、ベンチを立ち上がり即座に駆け出す。
「っち…」
後ろで聞こえた舌打ち。
あたしの心臓は破裂しそうだった。
少しだけ振り返ると見えるアレ。
丁度出た月の光に反射されキラリ、光る。
ナイフだ。
あたしは必死に逃げた。
コワイコワイコワイ。
コロサレル。
向かう先は特に決まっていないが、おそらく、あそこ―――水城神社だろう。
あたしの足は縺れ縺れ、進んで行く。
だけど。
「きゃっ」
ベシャ。
道路に倒れ込む。
足を見てみると、下駄で赤くなった足。
血が滲んでいた。
浴衣の帯も少し乱れている。
見ればこちらに向かって走ってくる《ネモトカズキ》の姿。
手にはナイフが見える。
「いやっ…!!」
あたしは下駄を手に持ち、また走り出した。
これが精一杯の力だった。
裸足で走る道路。
車は余り通っていない。
ましては、人通りがない。
あたしは痛みと共に焦った。
たまにある石が、足の裏を切る。
ザラザラした道路に擦って痛い。
だけど、あたしは走った。
痛みなんて感じない。
だって今は。
“生”と“死”の狭間にあたしは存在するのだから。