遥の笑顔があたしの心に染みてくる。
そして身体に取り込んだように遥があたしの中から離れないのだ。

月がチラリと雲間から顔を出す。
月灯りが少し眩しくて目を細める。

遥は今、何をしているのだろう。
この時間ならもう、夢の中だろうか。


完全に、あたしは遥しか考えられない脳に変異してしまった。

この家で、あたししか起きていないであろうと思うと、自然と笑みが溢れる。
そして、キシリ。
縁側に座るあたしの傍で、床が軋む音がした。
振り向き、それを見ようとすれば―――翔太くんがいる。
翔太くんはその場に突っ立ったまま、あたしを酷く見下ろした。

あたしはたまに、思うのだ。
婚約者なら普通、気遣いあうだろ、と。

「おい、口に出てんぞ…」

「っし、失礼しました…!!」

翔太くんはそのままジリジリ歩み寄ってくる。
あたしはただじっと翔太くんを見上げたままだった。
すると、あたしの目を見て翔太くんは眉をピクリ、動かせた。

「…てめぇ、俺が言ったこと忘れやがったのか…?」

「…翔太くんが言ったこと?」

あたしの頭にはハテナがわんさか浮かび上がる。
そんなあたしが気に触ったのか、更に翔太くんは顔をひきつらせた。

「……てめぇ…っ!!!」

「…あぅっ!!」

あたしは床に押し倒された。
ヒヤリ。
首筋が床に触れた。
両手首に温かい何かが、あたしを押さえる。
月が完全に見えた頃、翔太くんとあたしは唇を通して繋がった。

鈴虫の鳴き声が耳障り。
月灯りが恥ずかしい。
月があたしたちを見下ろす。
星たちもあたしたちを見て、チカチカ光る。

微かにかかる翔太くんの息が熱くて、ゆらり揺らぐ前髪がくすぐったい。
すると、あたしと翔太くんの唇は離れ風が境界線を引く。

「…ごめん」

「え…?」

「何が?」と喉まで出た声を呑み込んだ。



そして異変に気付く。
いつもなら感じる唇の熱が感じられない。
高鳴るはずの鼓動が不気味な程に平常。

なぜだろうか。

翔太くんとする口付けは、何かが違う、そう身体が言ったんだ。