「…ただいま…」

玄関の戸を開け、ぼそぼそと口にする。
少し、外出し過ぎたかな、なんて思った。
でもきっと誰一人、気付いていないだろう。
と、あたしは油断していた。

「ったく、どこほっつき歩いてたの!?」

「そうだよバカ美月!」

靴を脱いでいたら、あたしの前に立ちはだかる花恋と美波。
そして。

「お帰り」

「あ…、ただいま」

二人の後ろにはまるで待っていたように壁にもたれ掛かり、腕を組みながら立つ、翔太くんがいた。
恐ろしく、鋭い目をして…。
あたしは視線を二人に戻し、苦笑して、謝罪した。


「ま、許してやるか」

「今度またあたしたちを悲しませたら……泣くからっ!」

「…単純なんだね。二人とも」

すると二人は「単純で何が悪いんだー!」と言うと、どこかへ走って行ってしまった。

あたしは少し、安堵する。
元気がよくて、勇ましくて、馬鹿げた事を言う二人は中学の頃からずっと、変わらなくて。
あたしが婚約者のところに行くってなってからも会えない間に、変わってしまうんじゃないかって思っていたけれど、そのままだった。

あたしは、あたしの知ってる二人でいたことに、嬉しくてたまらないのだ。

あたしが良い気持ちになっていた頃、悪魔は動き出した。


「なーに、ニヤニヤしてんの」
毒を吐く、翔太くん。
目を細め、くだらなそうにあたしを見ている。

「…ニヤニヤなんか、してないし」

「…どこ、ほっつき歩いてた」

「っ…」

痛いぐらいに跳ねる心臓。
翔太くんの鋭い目があたしを刺す。
一度だけ、バレそうになった時があった。
“遥”の名を口にした時。
その時は少しだけ、誤魔化す事が出来たけれど…。

今は誤魔化す内容がない。
どこに行っていた、なんて、答えられない。

浜辺?
スーパー?

だったらこの家からすぐ見えたはず。
翔太くんはきっとこの辺りを少し見ているに違いない。
この辺りを見ても、あたしはいなかったからどこほっつき歩いていた、なんて聞いたんだと思う。

「えっと…」

言葉が見つからない。
あたしは俯いて、翔太くんの様子を伺った。

すると。

「呼び出し」

「はい?」

「夜、俺の部屋に来ること」

翔太くんはそれだけ言って、行ってしまった。

夜、翔太くんの部屋に行く?
夜…翔太くんの部屋に…。

夜っ!?

「えっ!?」

あたしの声は、虚しく響いた。