「ごめん。俺、大久保翔太」
あたしの“婚約者”。
「は、はぁ」
“彼”はあたしの手にある荷物を軽々と手にする。
「え、ちょ…」
「いいじゃん。持たせてよ」
突然の行動に焦ってしまう。
なんなの…?
そして、目を細めて笑う“彼”。
何やら満足げに目尻を下げていた。
一般の女の子だったら、この“彼”の振る舞いに、ときめくのが普通。
いや、普段のあたしだったら即、一目惚れなどをしているハズなのに。
過去のせいかな?
“彼”を一目見てから、「物足りない」って思った。
まぁ、今日会ったばっかりで、性格とか相性とかまだよくわからないけど、なんとなく、なんとなくわかる。
―――今までの“奴”と同じ。
ただ、それだけの事。
初めはみんな優しい。
だけど、都合の良いときに―――
「――どうしたの?」
「……え!?いや、何も…」
“彼”が、あたしの顔をまた、除き込んだ。
どうやらあたしはボーッとしていたらしい。
…気が付かなかった。
「危ない危ない」とあたしは何も持ってない左手で、頭を無造作にかく。
そんなあたしを見て、“彼”は微笑んだ。
「やっぱり、噂通りの子だよ」
噂…?
あたし、噂されてる?
なんか、期待を裏切るような事とかしたのかな?
“彼”は微笑んだまま、視線をあたしから離さないで、きっちり仕留めたまま。
あたしは思ってしまった。
“彼”の目に、あたしは、どんな風に映っているのだろうか、と…。
「…あたしも」
「へ?」
「あたしも、アンタの噂…聞いた」
少し目を伏せたあたしに“彼”は爽やかな笑顔を見せた。
「“翔太”でいいよ」
「…」
あたしは一瞬、目を合わせ、今度は顔を伏せる。
別に、恥ずかしかったからじゃない。
ただ、どうしても涙が出そうだったから。
『“翔太”でいいよ』
そんなの、知らない。
もう、聞きあきたよ、そんなの。
あたしを期待させないで。
“男”なんて、みんな一緒。
アンタだって、そうでしょ。
今までの“奴”と同じなんでしょ。
「どうしたの?」
頭の上から降ってくる言葉。
やめて、見ないで。
もう同情されるのはうんざりなの。
あたしは、自分の真っ黒い気持ちを抑えながらも必死に笑顔を見せて、玄関へと、足を進めた。