遥はその場に立ち上がり、微笑んだ。
「ほら」
遥はおしりを付くあたしに手を差し伸べる。
少し馬鹿にされたようであまりいい気はしなかったが、ためらいながらもその手に手をかざそうとした。
雅也達に怪我され暗闇の中でさ迷い続けていたあたしに光の手が差し伸べているようで。
…だけど。
あたしは伸ばした手を引っ込めた。
この手を取る、それだけで良いはずなのに。
ただ単純に差し伸べてくれている光に向かうだけで良いのに。
どうしてたったこれだけの事が出来ないの?
「…」
遥は無言で差し伸べる手を引っ込めると、傘をたたんだ。
パサッと鳴る音に、あたしは身を強張らせる。
傘で殴られるのかな。
雅也達と同じ様に、遥もあたしに失望しちゃったかな。
そう思いつつ、あたしは固く目を閉じ唇を噛んだ。
けれども、一向にあたしに何も降りかかって来ない。
むしろ、遥に動きは無かった。
そっか。
違う意味で失望したんだ。
もう、手に終えなくなったのか、素直じゃ無くて面倒になってかまう必要性が無くなったとか。
あたしはどんどん、自分を追い込んでいった。
マイナス思考に脳は回らなくなって、悲しくなって行く。
悲しいけど涙なんか出ない。
だってこんなの慣れっこだから。
だから遥がいきなりあたしを見捨てるなんて、最初からわかってた。
こんなの、へっちゃらなんだから…。
するとあたしの頭に乗ったのは、固い傘でもないし、衝撃を与える拳でもない。
ただ、温かくて、優しくて、大きな遥の手だった。
「…ぇ…?」
あまりの優しさに、あたしは驚く事しか出来ない。
なんで?
どうして?
こんな台詞が頭の中でぐるぐる回る。
密かに、顔を上げてみると。
目の前には綺麗過ぎる遥の顔と、黒曜石のような美しい瞳があたしを吸い込んだ。
「…なに、考え込んでんの?」
優しい口調で探る。
柔らかい笑みが浮かんでいる。
単純に嬉しかった。
あたしの事を心配してくれている、そう思った。
こんなちっぽけな優しさでも、あたしの心は満たされる。
ほんの少し笑顔を見ただけで、あたしはたくさんの勇気と希望を貰える。
「…遥、ありがとう」
「ん?」
あたしにはただこれだけしか言えないけど。
貴方の頼りになりたい。
どんな時でも、貴方の支えになりたい。
あたしの心はいつだって、貴方で溢れ返っているの。
遥。