ちゃぽん。

お湯の音が響く。
白い湯気が目を眩ます。

只今、入浴中です。

大久保家の屋敷だからこそだと思う、どこかの温泉の一部みたいだ。
あたし1人じゃ、広すぎるくらい。
多分、普通の民家のお風呂、六倍はある。

それに、屋敷自体が和風な為、お風呂もなかなかの物だ。
床には、艶々した黒曜石みたいだし、壁にもしっかりとした石が貼られている。

窓越しに見える月が、水面に映る。


『俺が全部受け入れるから』


あの日からあたしの頭はこればっかり。

遥の真剣な表情。
握られる生暖かい手。

遥は自分の魅力に気付いていないのだろうか。
それとも、自分の魅力に気付いていながらわざとあんな行動を取るのだろうか。

あんな事されたら誰だって―――




「……駄目だ…」


『二度と面見せんな』

ズキン。

ズキン、ズキン。


胸が苦しい。

違う。
痛いんだ。



あたしは濡れた両手で顔を覆う。
その勢いで、ぱしゃん、と、お湯が波打つ。


目を閉じれば、“奴等”の顔が見える。
目を開いていても、“奴等”の声が聞こえる。

まるで、どこまでもあたしを追いかけて来るかのように。


あたしはソッと、両手を離し、手のひらを見る。

濡れてふやける手。


「…もう、出よう」


だだっ広いお風呂いっぱいに、あたしの小さな声が虚しく響く。

ぱしゃん。

お湯の音が響く。

足の爪先をお湯から抜くと、ぴとん、と、神秘的な音がお風呂中に響く。

ふと、窓の外を見てみる。
と。

夜空に綺麗な月。
月明かりに照らされて、きらびやかに舞う、桜。

あたしはそれに見とれる事もなく、お風呂を出た。


水面には揺れ動く月が輝いていた。