翔太くん以外に、誰が当てはまるのだろうか。
過去の奴等?
いやいや、あり得ない。
だって、あり得ないもん。

あたしは、過去を思い出さないように「誰だろう」と紛らわすように考えた。

だけど。

「…なかなか、思いつかないもんだね…」

あたしは腕を上げ、大きく伸びをする。
目を固くつむり、一気に目を開ける。

目の前には桜の木がスラリと立っている。

「…綺麗な、桃色……」

この桜、いつまでだろう。
やがては、夏が来て、散ってしまう。
儚く、脆く。

ぶわっと、風が吹き、花びらが散っていく。
桜吹雪みたいに。

ふと、その時。


『遥って、何者…?』

『内緒』


「――っ…」

頭の中で流れた些細な会話。
これは、聞き覚えがあった。
桜の木がたくさん繁り、その中央にある神社。
舞を踊る場に腰掛ける、二人。

あたしと、遥だ。

艶やかな綺麗な笑みを浮かべ、あたしに振る舞う。


「…遥…」

あたしはその場を立ち上がった。
直ぐ様自室の障子を開け、カーディガンを着て部屋を出て板敷きを荒く駆ける。
玄関で、靴を履き、ドアを開けようとした時。

「美月?」

「翔太…くん」

バッタリ、翔太くんに会ってしまった。
翔太くんは段ボールを抱えていた。
その段ボールの中には紙類がいっぱいで。

「どこか、行くのか?」

黙るあたしに気を遣ったのか、翔太くんは呟くように言った。

『…美月ちゃんは、自分に正直な、恋をしなさい』

自分に正直な、恋。
今、わかった気がする。
自分に嘘はつかない、正直な恋が。

「…ちょっと、ね」

行き先を告げないあたしは、卑怯かもしれない。
だけど。

「行ってらっしゃい」

笑顔で言ってくれる翔太くんには感謝してるよ。

あたしは、あたしの行きたい道を選ぶ。

遥に、逢いたいから。

あたしはそのまま、家を出た。

「…やっぱり、遥って…」

翔太くんの声は、あたしの背中には届かず。