『実は……ね』
女の子は顔を赤くして俯いて言った。
『あたし……遥の事が…えっと……す―――』
女の子が最後まで言う前に、遥は女の子の顎をたくし上げ、唇を重ねた。
あたしはただ、涙を溢した。
決して嫉妬とかではない。
なんだかこの光景を目の当たりにして心が暖まった。
なぜだかはわからない。
でも………あたしは。
この光景を知っている。
わからない。
わからないけど。
心に空いていた小さな穴が埋まったような、あたしに足りなかったものが堆積していく。
その暖かさと、心地好さに涙が出てしまったのだろう。
『……ごめんなさい…あの』
すると女の子は目を丸くした。
そして。
『そ…そっか。ごめんねっ…あたし……帰るね…っ!!』
『ちっ違う!!』
遥に背を向けた女の子は遥に呼び止められていた。
女の子は振り向かず、前を向いて別れを告げた。
『ありがとう、バイバイ』
ドックン。
あたしの胸は跳び跳ねた。
あたしと……同じ……。
あたしはただその場から目を離せないでいた。
駆け出した女の子を遥はもう一度呼び止めようとした。
その言葉にあたしは喉を詰まらせた。
『美月ちゃん!!!』
足から力が抜けて座り込んだ。
声が出なかった。
出たのは涙だけだった。
「…どうして…あたしは…っ」
あたしは今までどうして忘れていたのだろう。
あたしはずっと遥を知っていた。
あの春、大久保家に引っ越してきたあの日よりずっと前から。
あたしは貴方を知っていて、貴方もあたしを知っていた。
この光景も知っていた。
これはあたしの前世に当たる記憶。
忘れかけていた。
忘れたかった記憶。
だから。
忘れたかった理由も知ってる。
きっと、このあとすぐに。
遥が交通事故で死んでしまうってこと。
この時あたしは地面に這いつくばって泣いて、泣いて、泣いた。
もう動かない、声もない、熱を持たない遥の身体を揺さぶり、抱き締めて。
苦しかった。
でも……。
「っ…うっう……ぅ…」
やっと見つけた。
掴めた、あたしの大事な前世の記憶。
それは暖かくて、だけど冷たかった。
ふわりと、目の前の景色全部が消えて、ただ真っ白な景色が続いた。