あたしの前で止まった達大さんは口を閉ざしたまま黙り込んだ。
「…あの…、達大さん?」
声が震えていた。
なぜだかはわからない。
だけど達大さんの綺麗な目は少し曇っていた。
少し緊張した空気が流れる。
すると達大さんは口を開いた。
「……遥くんと、何かあったのかい…?」
「っ…」
あまりにも唐突過ぎる言葉だった。
あたしはそれから何も言えないまま。
遥と……何か……。
無かった訳じゃない。
むしろ、確実にあった。
史上最悪の出来事が。
「……べ…別に…何も…」
何も、な訳ない。
また逃げて。
そんなことを繰り返すだけでかなり辛いのに。
今は無性にそのことで胸が痛んでいたのに。
「嘘つきだね、美月ちゃんは」
「嘘なんか…ついてませんよ」
ううん。
ついてる。
あたしは嘘つきだ。
どうして本当の事が言えないのだろう。
「気持ち…伝えられた?」
「っ」
“気持ち、伝えられた?”再び自分に言い聞かせた。
うん。
それは伝えられた。
だけど、ね。
「……遥…の気持ち…聞けない……まま…」
“終わりにしました。”まで、言えなかった。
あたしの声は震えていた。
今、自分が何を言っているのかもあまりわからない。
頭が真っ白で唇が震える。
“遥の気持ちは聞けないまま”これもまた嘘だ。
本当は聞いたじゃない。
『……ごめん、美月ちゃん』
って。
「…そっか、聞けなかったのか」
「……はい」
苦しい。
虚しい。
悲しい。
そこまでして隠し通すことが辛い。
どうして素直に言えないのだろう。
口に出して誰かに相談すればきっと少しは楽になれるのだというのに。
「じゃあ、問題ない、か」
達大さんは少しホッとしたような顔をしてあたしの頭を撫でた。
あたしはただ俯く事しかできない。
「何かあったらいつでも相談しなさい。溜めるのはよくないからね」
「……はい」
それだけ言うと、達大さんはあたしと逆方向に行ってしまった。
あたしはただ俯き、自分の爪先を見つめていた。
どうして、達大さんに相談しなかったのかな。
“溜めるのはよくないからね”って、言ってくれたのに。
震える唇から何も言い出せなかった。
同情されたりするのが嫌だったからかな。
「……」
あたしは重たい気持ちを抱えて色のない景色の中、翔太くんの部屋に向かった。
ズキズキと痛む胸が涙腺を緩ませた。