「暖かくなってきたわねぇ」

隣にいる夏希さんがポツリと呟く。
縁側の窓も全開にして空を見上げていた。
3月に入り少し経った頃、木は蕾を作り、小鳥は囀ずる。
暖かいこの昼間、あたしと夏希さんは縁側に腰掛けながらお茶を飲んでいた。

「だけど、まだまだ朝は肌寒いです」

「そうね、まだ3月だからね」

そうだ。
3月だからといって暖かい訳ではない。
春なのだが朝晩は肌寒いのだ。
まあ、長袖一枚と言ったところだろう。

「……」

あれからあたしは遥に会っていない。
正しくは会いに行っていない。
前までは飛ぶように行っていた水城神社。
だけど最近、家にじっとしている事が多くなった。。
時々、翔太くんに「行かないのか?」と言われる。
だがあたしは「うん」と笑顔で頷くだけ。
そんな風に会話するだけでなんだか胸が痛むのだ。
痛くて、痛くて。
その度部屋にこもってはよく泣いていた。

『……ごめん、美月ちゃん』

遥を思い出すといつもこれ。
嫌な事しか蘇らない。
それに、一秒たりとも遥のあの顔を忘れることはないのだ。
今にも泣きそうな、苦しそうな顔を。


だけど。


もう、忘れなくてはならない。
遥への想いを消さなくてはならない。
思い出も、全部、全部。


あたしの中から遥を全て―――


「美月ちゃん?」

不意に夏希さんがあたしの視界に入ってきた。
ハッとするあたしは夏希に頭を下げた。

「大丈夫よ。そろそろ、お昼ご飯にしましょうか」

「あ、はい!」

夏希さんは立ち上がりお茶を載せてきたおぼんを手に取った。
あたしは直ぐ様立ち上がり、そのおぼんの下に手を添えた。

「持っていきますよ」

「あら、大丈夫よ。あ、そうだ、美月ちゃん、翔太を呼んできて欲しいの。頼めるかしら?」

あたしは返事をして、翔太くんの部屋に向かった。
翔太くんの部屋に向かう途中、悲しそうな表情をした達大さんに会った。